クトゥルフ神話 その展開


Cthulhu Mythos - Wikipedia

その展開

クトゥルフ神話」とは、H.P.ラブクラフトと、彼と関係する作家たちの作品中に出てくる共通した要素や登場人物、設定、そして主題を描写するためにオーガスト・ダーレスが作った言葉である。それらの要素や登場人物、設定、そして主題は神話体系を形作っており、ラブクラフト的設定で執筆している作者たちはそれぞれの作品を作る際にその体系を利用してきたし、利用し続けている。この伝説集はラブクラフト神話体系と呼ばれることがある。ラブクラフト研究者のS.T.ジョシによってそう呼ばれることが最も有名なのだが、ラブクラフトの元々の構想から遠く離れてしまって久しい。

その発展

ロバート・M・プライスは「ラブクラフトクトゥルフ神話」という随筆の中で、クトゥルフ神話の発展においては2つの段階があるとみなしている。第一段階、或いはプライスが「本当のクトゥルフ神話」と呼ぶのは、ラブクラフトが生きていた間に形作られたものであり、彼の構想どおりのものである。第二段階は、ラブクラフトの死後にオーガスト・ダーレスが神話体系を分類し、幅を広げようとしたところに現れた。

第一段階(本当のクトゥルフ神話)

ラブクラフトの後半生に、彼が文通した仲間である「ラブクラフト・グループ」の作家たちの間で、小説を構成する要素に借用がたくさん行われた。このグループにはクラーク・アシュトン・スミスロバート・E・ハワード、ロバート・ブロック、フランク・ベルクナップ・ロング、ヘンリー・カトナーなどがいた。

それぞれの作家は独自の物語群をもっているが、ある作家がある物語群の一要素を自分の物語の中で使用したからといって、その要素が必ずしもその作家の物語群の一部を構成するようにはならないということをラブクラフトは認識していた。例えば、スミスが彼の「極北物語」の一話の中で「クトゥルフ」について言及したとしても、クトゥルフが「極北物語」の一部であるというわけではない。しかし、有名な例外は、スミスの「ツァソーグア」であり、ラブクラフトはこの「旧き者」をゼリア・ビショップの「墓地」(1940)を改訂する際に使用した。ラブクラフトは、キニャン国の地下でクトゥルフやイグ、シャブ・ニグラース、ナグとイェブといった存在とツァソーグアを一緒に配置することで、スミスの創作物と自らの物語群とを効果的に結びつけた。

ラブクラフトの神話にある要素の大半は、彼の仲間の様々な物語群をかけあわせたものなのではなく、それぞれの作者が神話の一部となるように意図的に作ったものである。もっとも有名な例は、禁じられた言い伝えに関するさまざまな神秘的黒書である。例えば、ロバート・E・ハワードは彼の想像したキャラクターに「夜の子供たち」(1931年)の中で、ラブクラフトの創造したネクロノミコンを読ませている。そして、その代わりにラブクラフトはハワードの「名前の無い祭儀」について、「永劫より」(1935)「時間より生じる影」(1936)の両方の作品の中で触れている。

背景要素としてのクトゥルフ神話

デイヴィッド・E・シュルツによると、ラブクラフトは正典となるような神話を作ろうとしたのでは決して無く、むしろ彼の想像上の神話体系を単に背景要素として役立てようと目論んだのだ、という。このように、ラブクラフトの「ニセ神話」・・・これはラブクラフトの小説に出てくる物事を描写するのにラブクラフト自身やその他の作家によって使われた言葉だが・・・は、ラブクラフトの作った話の背景であり、核心ではないのである。実際、ラブクラフト作品の土台はアーカムという街であり、クトゥルフのような存在ではないように思われる。

さらに、ラブクラフトクトゥルフ神話群の発展について言及する際、本気ではないようであったし、おそらく神話群になんとしてでも名前を与える必要というのはなかったのだろう。ラブクラフトクトゥルフ神話を単なる背景要素として使ったので、他の作家に対して彼の作った神話を使わせた際に、おそらくこのことを心に留めただろう。(自分が神話群を背景要素としてしか使っていないことを)その上、ラブクラフトの神話群は、仲間の間で広められ、ラブクラフトの死に際しては飽きられていた、入念につくられた内輪ネタの一種であったともいえる。

オーガスト・ダーレスはこのことを理解していなかったようで、ラブクラフトが他の作家に対して、その作品中で神話群について単にほのめかすのではなくて、活発に執筆してほしいと思っていた、と信じていた。

第二段階(オーガスト・ダーレス神話体系)

オーガスト・ダーレスが神話体系に増補を加え、神々を「大気」「大地」「炎」「水」という四つの要素と結びつけて考える「精霊システム」を展開したことによって、クトゥルフ神話の第二段階が始まった。ダーレスがラブクラフトの神話体系に加えた変化を理解するには、ラブクラフト作品群を分類することが大切である。プライスは、ラブクラフトの書いたものは3つのグループに分けられるという。「ダンセイニ卿に影響を受けたもの」「アーカム街もの」「クトゥルフもの」である。

ダンセイニ的ストーリーとはダンセイニ卿のようなスタイルで書かれたもので(ラブクラフトのいわゆるドリーム・サイクル系の話も含めてよいかもしれない)、アーカム街ものは、ラブクラフトのつくった、架空の、伝説上のニューイングランドの設定ですすむ話であり、クトゥルフものとは、ラブクラフトの宇宙的な物語群(ラブクラフト神話)を使った作品群である。

ラブクラフトの構築した多様な物語群を分類するよりも、巨大な単一の物語体系を作るために、ダーレスはそれらを結びつけ、個々の特徴を無視した。例えば、

ダーレスはダンセイニ系物語の中からノデンスを使用して、「旧き者」に対抗して「旧神」たちの仲間とした。ダーレスはまた、暗く、虚無主義的なラブクラフトの幻想やラブクラフト自身の物語群とは対照的な、善と悪の二項対立の図式を持ち込んだ。

ダーレスはまた、ラブクラフトと他の作家の物語群の間にあるいかなる差異をも無視した。ラブクラフトが別の作家の作品中にある名称に言及したのであれば、他の作家の物語群をクトゥルフ神話体系に組み込むことの正当な理由としてダーレスはそれを捉えた。例えば、ラブクラフトが「闇のささやき」でハスターとイエローサインを気まぐれに結びつけたことを理由に、ダーレスはハスターを、ロバート・W・チェインバースの作った黄衣の王が化身として相当する「旧き者」の一人としてしまった。

最後になるが、ダーレスは、クトゥルフ神話の要素に触れている物語は何でもクトゥルフ神話に属すると、明らかに決めてかかっていた。その結果として、その話にあるほかの要素は何でもクトゥルフ神話の一部となることにもなった。それゆえに、ラブクラフトが気まぐれにクラーク・アシュトン・スミスの「エイボンの書」について引用したことを理由にダーレスはスミスのつくった「ウボー・サスラ」という存在をクトゥルフ神話に加えた。ダーレスの定めた「正典」が幅広いものであったので、クトゥルフ神話は実に巨大なものになった。