最低賃金1000円の軌道修正はあるか

民主党と安倍政権、「労働者の味方」は安倍政権のほうだった!~雇用と最低賃金を比べてみれば一目瞭然(髙橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
安倍政権が少なくとも軌道修正するか、それとも発表してしまった以上押し通すのか、よく分かりませんが。
最低賃金上げで購買力を強化して不況を脱出する」という主張はケインジアンがよくするものだということが、とある本に書かれていました。
たしかに、リフレ派でも「公務員の給料を減らすとデフレになる」とか「公務員の給料を上げると景気が良くなる」といったおかしなことを言う人がいます。このごろわかったのは、リフレ派の大半は単なるケインジアンであるということです。
安倍政権がこの間打ち出したおかしな方針も、多分、政治家の周りをケインジアンがとりまいて、自分たちの主張を「これが常識です」と偽って吹き込んだんでしょう。
ケインジアンのやっていることは、授業では標準的なミクロ経済学を教え、世間に発言するときや、政策提言するときには、自分たち特有の経済観をあたかも広い合意があるもののように出してくる、というものですから、倫理的に問題があると思いますね。
リンク先の高橋洋一氏のコラムは、最低賃金1000円の方針が軌道修正される可能性を示すものだと思いますが、コラムの自体は相変わらず不正確な内容で自派の擁護をはかるものです。

もともと伝統的な経済学では、最低賃金制を設けてしまうと、それより低い額でも労働しようとする雇用を減らしてしまい、経済のためにならないといわれていた。しかし、この考え方は労働市場を「完全競争市場」とみているという点で致命的な誤りがある。

伝統的な経済学というか、学校で使われている教科書は、クルーグマンのものも含めて、「最低賃金制は有害である」と教えています。「最低賃金は有益だ」と主張する論者の大学では、標準的なミクロ経済学を教えていないということなんでしょうか?
労働市場を「完全競争市場」と捉えることが「致命的な誤り」としていますが、ふつう教科書では完全競争市場の仮定で経済学の考え方を学ぶものですし、現実がそうではないことも言及されていると思います。
この論法だと経済学の教科書の大半は「致命的な誤り」ということになってしまいます。
私はてっきり、教科書ではモデルを通じて経済学的思考を理解していくものだと思っていました。

一方、最低賃金を設ければ、労働者のインセンティブが高くなるため、弊害は少ないという考え方もある。いずれにしても、ちょっと前までの実証研究の結果では、どちらが正しいのかはっきりしなかった。これがミクロ的な経済学の限界だった。

この点について、ある論者は「最低賃金制は有益だという実証結果が多い」といい、一方では「最低賃金制は有害だったという実証結果が多い」としていますので、どちらかの経済学者がウソをついていることになります。
この問題は研究結果を数えれば済む話なので、複雑な理論的考察は必要ありません。
どちらなんでしょう。自分で数えられるなら私が数えたいところですが・・・

筆者は、経済学者のこうした論争を冷ややかにみている。最低賃金が雇用の実情無視で決められれば失業を生むし、雇用の状況を後追いすれば、労働者のインセンティブを高めるはずで、実際の最低賃金の決め方次第で、毒にも薬にもなるはずだ。

最低賃金制の問題を失業に局限しているところに問題があります。
経済学の教科書を読めば、それが初級の教科書であっても、失業だけの問題ではないことが分かります。
失業のような量的な話に限らず、最低賃金制は質的に問題を抱えています。

実際、「穏便な最低賃金」の決定であれば、さほど雇用には影響せず、むしろ労働者のインセンティブになるという実証結果が多くなっている。

これはアンフェアな書き方。こういう主張をするなら、その実証研究を参考文献で挙げておくべきでしょう。
私が読んだ教科書では、反対意見も参考文献で挙げていましたが。

実際の日本の最低賃金は、ほぼ前年の失業率に応じて決まっている。つまり、失業率が高いと最低賃金の上昇率は低く、失業率が低いと最低賃金の上昇率は高くなる。最低賃金といえども、雇用環境をしながら、実際の賃金と似たような動きになっている。この意味で、日本の最低賃金の決定は、穏便なものといえよう。
この雇用環境と最低賃金の穏便な関係は、金融政策でいい雇用環境を作ることができれば、翌年の最低賃金を引き上げられるということにもなる。

こういう形の方が、「3%ずつ上げていく」というやり方よりマシなのは確かだと思いますが、「最低賃金を上げられる」という発想そのものが、標準経済学とは相容れないところですね。
上げない方がよい、と教科書では教えているのですから。

一方、安倍政権ではきちんとした金融政策がとられたことで就業者数が増加しているので、賃金は自ずと上昇に向かうはずである。その上で最低賃金を引き上げることは、企業にとって過度な負担とはならず、労働者にとっても労働インセンティブを増すという意味で、整合的な政策になる。

就業者数が増加し賃金が自然と上昇すると最低賃金を上げても企業にとって過度の負担にならない、というところ、意味がわからないです。
企業は労働者に出来る仕事の内容に応じて賃金を決めると思うのですが、最低賃金は仕事の内容に関わらず政府が賃金を上げてしまうという政策ですから、どうあっても過度の負担になると思うのですが。
最低賃金を上げてしまうと、「簡単な仕事」をやらせる動機がなくなって、機械に置き換えられる可能性が増すと思います。

2010年、民主党最低賃金を730円(前年比2.4%)と大幅に引き上げた。上に示した図に2010年の点があるが、前2009年の失業率は5.3%と高かったので、本来は線の上の0.5%程度にとどめるべきだった。これを怠ったため、就業者数を増加させることができなかった。

ここは興味深い指摘。
つまり、最低賃金可処分所得を増やしても景気はよくならなかった、という実例ですね。ケインジアン的にはどう考えるのでしょう。

もしその当時、民主党に正しい経済政策のアドバイザーがいれば、最低賃金を上げすぎるのではなく、さらなる金融緩和を実施し、就業者数を増やし失業率の低下を待って、最低賃金を引き上げるという戦略をとったはずだ。経済政策の無知が生んだ悲劇だ。

太字の部分のみ注目したいのですが、この太字の部分は、最低賃金制に反対する論者がまさに言っていることで、金融政策で雇用を増加させれば済むのに、どうして最低賃金の引き上げなど求めるのか、という疑問。
雇用が逼迫すれば、最低賃金をもらっている層の賃金も上がるはずですから。

ちなみに、安倍政権下での最低賃金の引き上げ率は、2013年2.0%、2014年2.1%、2015年2.3%。3年間の平均は2.1%となり、無理してあげた民主党3年間の1.7%を形の上でも上回る。結果として、安倍政権は左派政権より労働環境の改善に貢献した、ということになるのだ。

最低賃金を引き上げてきた結果、生活保護水準を下回る地域はなくなったはずなので、これ以上上げ続ける必要があるか、という問題があります。
また、引き上げ続けたにも関わらず、消費が盛り上がらないのは何故か、という問題についてケインジアンは答える必要があります。
最低賃金が均衡賃金を上回らなければ良い」と言うのは簡単ですが、いつ上回るのかはっきり知ることはできませんし、上回って悪影響が出ているはずでも、400万人程度しかいない最低賃金労働者のうちの数パーセントが失業し始めているとしても、それを察知することはできないでしょう。
そういった、見えない悪影響を及ぼす危険性について、ケインジアンは無自覚だと思います。