米国の回復、緊縮財政と金融緩和

アメリカのGDPの伸び率が話題になっております。

米GDP:第3四半期は5%増、03年以来最大−個人消費に伸び
  (ブルームバーグ):7−9月(第3四半期)の米実質国内総生産(GDP)確定値は、約10年ぶりの高い伸びを示した。個人消費や企業設備投資が改定値から上方修正された。
米商務省が23日発表した第3四半期GDP(季節調整済み、年率)確定値は前期比年率5%増と、改定値の3.9%増から上方修正され、2003年第3四半期以来で最高だった。
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NH1EYB6VDKHS01.html

この経済回復は金融政策の成果なのですけれども、あまり話題にならないのは、アメリカは緊縮財政を実行中であるということです。ただし、消費増税ではありません
これは2013年5月の記事。

アメリカNOW 第103号 進む米国の財政再建 〜スキャンダル下で問われる「量」から「質」への転換〜(安井明彦)
今年3月に発動された歳出の強制削減を含めると、これまでに立法化された財政赤字削減策の規模は、向こう10年間分の累計で約3.9兆ドルにのぼる。 - See more at: http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=1142#sthash.rw0Yt9sX.dpuf
http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=1142

10年間で3.9兆ドルの緊縮ということは、1年間に40兆円ほど緊縮することになります。アメリカの経済規模は日本の3倍くらいなので、単純に割り算すると、日本では13兆円の緊縮にあたります。
もうちょっと細かくみるために、2013年1月の記事。

米「財政の崖」を回避、下院が法案可決
今回の法案可決により、年収45万ドル超の富裕層世帯が増税となる。富裕層は税額控除にも上限が設けられる。
中間層・低所得層の減税と、一部の優遇税制は恒久化される。
ただ、給与税減税は失効し、勤労者1人当たり最大で年間2000ドルの負担増となる。
法案には強制的な歳出削減(1090億ドル規模)開始の2カ月先送りも盛り込まれた。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE90100Z20130102?sp=true

勤労者一人当たり最大で2000ドルの負担増、というのは日本でいえば年間20万円の負担増。
また、歳出削減は2013年3月から始まった、ということが、この記事から分かること。
2014年の日本で行われた消費増税の負担増は、一人当たりあたり年間6万円から14万円とのこと。
全体の緊縮額は6〜7.5兆円だったはず。
消費税引き上げにともなう家計負担
おや、一人当たりの負担がアメリカの緊縮の方で重いことは確からしさをもって言えるようです。
にも関わらず、アメリカと日本の経済パフォーマンスの差はどうして発生しているのでしょうか?
個人的には、「消費税は所得税よりも経済への悪影響が大きい」という主張に賛成しているのですが、普通は、「それらは同じ」という前提で話がされます。
しかし、こんな意見も。

消費税増税延期で財政再建はどうなる?
2014年12月24日(Wed)  原田 泰 (早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員)
消費税は、他の税と比べればGDPを引き下げる効果が小さい税と言える。ヨーロッパ諸国で消費税の一種である付加価値税が広く採用されているのは、これがを削減することの少ない効率的な税であるからだろう。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4550?page=4

この記事の主張は、「金融政策と歳出削減の組み合わせで財政再建せよ」ということなので、それ自体には賛成なのですけれども、この消費税のくだりは事実と整合しなさすぎていて、ぜんぜん説得力を感じません。
アメリカの緊縮は消費税ではありませんが、イギリスは消費増税を2011年1月に実施しました。(2.5%)
出世ナビ|NIKKEI STYLE
その結果はリフレ支持者なら知っていることですが、経済が減速しました。
英国・実質GDP(速報値)|経済指標|みんかぶFX
ただし、イギリスの経済減速は限定的であったという意見もあります。
日本の消費増税とグローバル比較
経済が安定しているときに消費増税するなら影響は限定的であるが、安定していないときに行うと景気後退する、という常識的なご意見ですが・・・。
ただし、消費増税が何の影響もないということはなく、イギリスでもドイツでも経済が減速したことには変わりありません。
アメリカはどうかというと、2014年の第一四半期にGDPが低下しましたが、緊縮財政の開始は2013年3月なので、関係があるかどうか微妙。
また、凹んだのはそこだけで、残りの部分は順調そのもの。10年間も緊縮財政を続ける状況下で、好調すぎるくらいです。
アメリカ・実質GDP(確報値)|経済指標|みんかぶFX
これらを並べてみると、日本でも欧州でも消費税の悪影響は強く、アメリカでの増税の影響は低いということが観察されます。「消費税がGDPを引き下げる効果が低い」という主張は事実と真逆なように思いますが。
こういったことを考えているなか、興味深い記事が目につきました。

インジアン嫌いはクルーグマン嫌い?

The gullible economist

The UK and the US don't look very similar in this chart, do they? By the way, the effect of the sequester is clearly visible on the US line. What had been rather good GDP growth suddenly fell. So much for Cochrane's claim that austerity caused "modest" growth to return.

この人は、アメリカのGDPが下落したのは緊縮であることは明らかだ、と言いながらグラフを示しているのですが、その図を見てみると、先ほど述べたとおり、2013年の終わりから2014年の初めにかけてGDPが下落しているグラフなんですよね。
アメリカの緊縮財政が始まったのは2013年3月なんですが、どうして10月以降になるまで影響が出なかったのでしょうか?
日本の消費増税では速効で悪影響が出たのですが・・・
日本・GDP2次速報値|経済指標|みんかぶFX
また、指摘しておかなければならないこととして、「QE3の縮小は、2013年12月18日に発表された」ということがあります。金融政策の縮小が影響したのではなく、7ヶ月以上前の緊縮財政開始が2014年のはじめに悪影響した、と判断した理由は何なのでしょう?
量的金融緩和政策 - Wikipedia
私は別にケインジアン嫌いになるほど経済学を知りませんが、純粋に興味があるので学者の見解を読んでみたいと思います。
で、このブログ主は次のように述べます。

Now, correct me if I am wrong, but infrastructure investment, tax cuts, pension increases and help for homebuyers are fiscal stimulus, are they not? And of course expectations matter. Austerity starts with its announcement, and so does stimulus. Just as fiscal consolidation was a cause of the UK's poor performance in 2011-12, so fiscal stimulus seems likely to be a cause of the UK's outstanding performance in 2013-14.

確かにイギリスの経済は2013年に好転しましたし、2013年は緊縮財政の度合いを大幅に落としました。
IMF UK
ただ、モデレートな緊縮は続行中であり、「緊縮財政をしたら、とにかく景気は後退する」ということではありません。
緊縮財政がきつすぎたので、ペースを落としたら経済が回復した、ということは言えます。
しかし話はまだ終わらず、実はイギリスは2010年1月にも消費税を上げています。(2.5%)
2010〜2011年のGDP成長を当該ブログに出ているグラフで観察すると、なだらかに増加しているんですよね。
これはどうなんでしょう。
また、イギリスの緊縮財政がもっともきつかったのは2012年なのですが、当該ブログのグラフをみると2012年中盤からGDPが回復し始めていますね。
これもどうなんでしょう。
「緊縮財政すると景気後退する」とは、ますます言えないように思えるのですが。
このブログ主が最後に述べている、

And it's also amazing how gullible a Keynes-hating (or perhaps more accurately Krugman-hating) US economist can be.

というくだりは凄く問題を感じます。
私は別にケインジアン嫌いでも財政政策嫌いでもありませんが、ケインジアンや財政政策派の意見には大変疑問を感じます。
その疑問は漫然としたものではなく、事実に根ざして疑問を持っています。
その事実は上に示したとおり。
ケインジアンや財政政策派が、その主張を正しいと言うのはもちろん自由。
しかし、事実に根ざしていないという批判を受けたなら、事実に根ざして反論しなければいけません。
単に結論だけ言い放ったり、当てこすりじみた言動をしたり、現実遊離した理論を弄んではいけません。
というか、こういう乖離を研究して、事実と理論で示すのが学者の役割じゃなかったんでしたっけ?
小難しい理論を説明されても私のような素人には分かりませんが、事実を示して素人にも説得力ある主張をしている学者がいるということを鑑みると、ケインジアンや財政政策派は努力不足ではないかと思います。
罵倒やレッテル張りをするのではなく、建設的な反論をしてほしいですね。
そういうところに闘志を燃やしていただきたい。
単にイライラして罵詈雑言を投げるだけでは人を説得できません。
また、私はクルーグマン教授の発言は割とまめにチェックしてきましたので、教授が日本のデフレ時代からアベノミクス期にかけて、どのような変遷の発言をしてきたか記憶しております。
その変遷を示す証拠はネットに残っているので、示すこともできます。
その意味で、クルーグマン教授が一般の人や当局者から過剰に称揚されていることに疑問を感じたりもするのですが、この辺の指摘は今はやめておきます。
ただ、何事もほどほどに、ということは言っておきたいと思います。