文藝春秋の浜田宏一氏変節記事について

浜田宏一氏は当人が「自分は意見が変わった」と述べているので、周囲が「変節」と評価しても誤りではありません。
浜田氏の意見変更は「物価は貨幣現象である」という、経済学における標準的な見解すら否定するに至っているものですから、根本的であり、おそらく浜田氏の数十年にわたる研究人生(ちゃんと研究していたのなら、ですが)を全否定するようなものなのですが、実に気軽に実行しています。
今年の9月に発表された、クリストファー・シムズ氏の論文一本で、「人生をかけて研究してきた」内容を180度転換させたというのですから、常識ある人間から呆れられるのは当然のことと言えましょう。

正確な叙述

浜田氏は今回の記事の中で、いくつか正確性に疑いのある叙述をしています。

貨幣数量説

リフレ政策は貨幣数量説に根差している、と浜田氏は述べているのですが、これは誤りです。
単純な貨幣数量説が成り立たず、成り立たないからこそインフレ率が上がるのだ、というのがリフレ政策の主張だったはずで、これについては第二次安倍政権の初頭に浜田氏自身も言っていたことであります。
今になって素人をだますように意見を隠微に変更するのは、広い意味での虚偽を述べているのではないかと思います。

インフレ予想→自然にインフレ率が上昇?

インフレ目標付き量的緩和を行うと予想インフレ率が上がり、自然にインフレ率が上がる」と岩田副総裁が述べた、と浜田氏は発言していますが、これは不正確だと思います。
予想インフレ率が上昇して経済活動が活発になった結果インフレ率が上がるはずなので、自然に上がっていくわけではありません。
消費増税以前には経済活動の活発化からインフレ率の上昇がみられましたし、消費増税以後も日本の経済規模は拡大しているのですから、経済活動が盛り上がらなかったわけではありません。
それ以降消費者物価指数が低迷してきたのは原油価格の下落が主因です。
しかし、2016年になってGDPデフレーターまでも3年ぶりにマイナスになってしまったのは、財政出動が原因として疑われます
金融政策を抑えて財政政策を主軸に据える、という誤った政策が2016年に採用された結果、経済活動までも低下したとみるのが妥当でしょう。
それ以前にはGDPデフレーターまで下がることはなかったのですから。

イナス金利を「無効」と述べる理由

浜田氏がマイナス金利を「無効」と断ずる理由について興味深かったのですが、記事を読んでみて呆れてしまいました。
マイナス金利にしても円安にならなかったから無効なのだそうです。
金利の低下は通貨安の要因ではありますが、必ずそうなるわけではありません。
為替レートを決定する理論は確立されていません。こんな話は初級教科書にも書かれているレベルのことです。
簡単な例を思い浮かべてみればすぐに分かりますが、日本がデフレだった時代には一貫して金利は0に近いほど低かったですが、非常な円高でした。
経済学は「比」で考えます。
(浜田氏は経済学者であり、巷ではノーベル賞級と言われているくらいなのですから、こんな初歩的なことを持ち出して批判しなければならないのは奇妙なのですが)
いくら金利が下がっても、円が他の通貨よりも需要されないくらい下がらなければ、円安にはならないでしょう。
また、為替レートは金利だけで決まるわけでもありませんから、金利が大きく下がっても円安にならないことはあるでしょう。
少し経済学を勉強してれば、容易に反論を思いつく程度のことを、わざわざ浜田氏が述べるのは非常におかしなことです。
合理的な動機が推察できません。
この時期に、意義の感じられない論説をマスコミに掲載させるのは、「結論先にありき」の政治的な意図があり、学者として手を染めるべきではないプロパガンダを行っているのではないかという疑いを、私は強く持ちます。