デフレと実質賃金

プロパガンダする人間の特徴として、「常に主張を単純化する」という点が挙げられます。三橋貴明による、「デフレ=実質賃金の下落」という話はその典型。

田村氏はケインズを引き合いに出し、
「デフレかどうかは物価と雇用の両面から判定するべきだ」
 と書いていらっしゃいますが、わたくしは講演などでは、必ず、
「物価と『所得』が悪循環を描いて減少していく現象。これこそがデフレです」
 と、説明するようにしています。雇用と所得は、ほぼイコールととらえて頂いて構いません。と言いますか、雇用の「価格」が所得になります。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11861419209.html

「所得」という言い方がまずおかしく、雇用される人が受け取るのは「賃金」。所得は賃金以外の要素も含みます。
デフレになって失業が増えても、実質賃金が上がることはあります。
賃金は働いている人のものですから、仕事が無くなった人の分はカウントされません。働けている人たちの名目賃金の下がり方が、物価下落よりも緩ければ、実質賃金は上がります。

現在は一部の業界で人手不足が発生しているため、むしろこれを放っておけば「市場」の人件費の水準が上がり始め、実質賃金が上昇に向かう可能性があります。
 問題は、
「なぜ、このタイミングで、外国人労働者受け入れ拡大を含む『実質賃金切り下げ策』を実施しなければならないのか」
 という話です。

外国人受け入れは労働者が足りないからで、賃金は関係ありません。労働者がいなければ、実際の建設作業ができません。賃金が上昇しても働く技術を持った人間が現実に存在しない以上、作業する人間を調達する必要があったからです。このような人手不足を招いたのは国土強靭化のせいですから、三橋貴明に責任があります。

無論、安倍政権や産業競争力会議が、「日本が成長する市場」をグローバルとして捉えているためです。グローバル市場をメインの標的市場にしてしまうと、国民の実質賃金の上昇はむしろ「国際競争力の低下」という話になってしまいます。

実質賃金の切り下げがグローバル競争力を上げるということはありません。デフレによって実質賃金は下がりましたが、それで競争力が上昇したということはなく、デフレによる円高で生産が海外移転しただけ。
産業競争力会議のメンバーは企業家や学者なのですから、三橋貴明が言うような意図を持っているとは考えられないことです。

結局のところ、大本の「思想」が間違っている以上、政策がちぐはぐになってしまうのです。何しろ、安倍政権は右を向いて実質賃金を切り下げる労働規制の緩和を進めながら、左を向いて大企業に賃上げを要請しているわけです。当たり前ですが、労働規制の緩和と賃上げ要請は不整合です。

労働規制の緩和は実質賃金とは特に関係ないです。解雇ルールの明確化や働き方の多様化で実質賃金が下がる訳ではありません。
三橋貴明は今後も実質賃金について問題にし続けるそうですが、日本では1998年にデフレになってからも、2002年まで実質賃金が伸び続けました。それは、解雇されなかった人の名目賃金がそれほど落ちなかったからです。一方で失業者は増え続けました。つまり、実質賃金だけ見ても経済の調子は良くわからないということです。
竹中平蔵三橋貴明との討論で話していましたが、いまの日本で実質賃金は下がっていますが、労働者全体に支払われる賃金総額は増えています。これは仕事に就けるようになった人が増えたからで、「これまで賃金が0だった人が、安いながらも賃金を得られるようになった」という意味なので、肯定的に捉えるべき現象です。一人当たり実質賃金の平均を見ても正しい判断はできません。
というか、平均値は大抵のことがらにおいて何も分からない数字なので、見ない方が良いのではないかという気もします。