愛されて遺伝病or殺されて健康


グレイハウンドももちろん純血種なんですが、普通の品種と違って健康度が非常に高いそうです。
理由は簡単で、野生動物なみの淘汰を受けているから。
体型や毛色などどうでもよく、ただひたすらレースに勝てる犬だけが残される徹底した人為的生存競争の結果、身体頑健、心理穏健なのだそう。
アメリカではほとんどの州でドッグレースが禁止されるようになりましたが、それでも多い推計では年間5万頭が、少ない推計でも1万頭が繁殖されているそうな。
そうして生まれた仔犬の半分以上はレーサーになれず、レーサーになれても勝てない、怪我をした、という理由で省かれていきます。
里子に迎えられるのはごく僅かで、これも推計ですが7割くらいは淘汰されるとのこと。
皮肉なことに、見た目麗しく整えられ、人々から下にもおかない愛され方をしている純血種の犬達は、外見の固定や洗練のためのインブリードで遺伝病が多発しているようです。
ブリーディングが引き起こす遺伝病 - Maddercloud
見た目で愛玩される以外の役割を保たないので、運動能力や健康や心理的安定を度外視してブリードする業者が大勢いて、生物としては弱体化、飼い主の人間にとっても犬の心身両面が負担になる例があるようです。
グレイハウンドと似た例に、闘犬時代のピットブルが挙げられます。
闘犬に使役されていた頃のピットブルは、やはり心身両面が頑丈で安定していたそうで、闘犬ゆえに身体が強いのはすぐに納得できますが、心理的に人間に対して穏健だったのは、「ピットブルの闘犬は博打で、飼い主が荒くれ者であり、人間様に歯向かうような犬は即座に射殺されていたからだろう」という推測をしている本を読んで、これまた深く納得しました。
ただ、今のピットブルが闘犬時代のそれと同じような健康度を保っているかどうかは少し怪しいです。
川上宗薫の遺作は「闘犬記」という本ですが、川上は闘犬血統のピットブルを輸入して闘わせていたそうです。

闘犬記―アメリカン・ピット・ブル

闘犬記―アメリカン・ピット・ブル

おそらく絶版ですが、図書館にはあるでしょう。
この本に載っているピットブルの写真を見たのですが、現在のピットの外見とはまるで違う、どう見ても雑種犬にしか見えない、風采の上がらない犬がそこにはいました。
川上自身も闘犬系ピットについて、同じような感想を書いていましたが、強さ以外の要素はどうでも良い繁殖をされているとそうなるようです。
現在のピットブルは或る意味「カッコいい」ので、ショー向け、ペット向けに外見を整えるブリーディングがされているだろうと思います。
そうなると、心身の健康度はぐっと落ちているかもしれません。
最近では愛玩用のピットブル、「アメリカンブリー」という血統もあるそうで、これなんかは、「ブルドッグと混ぜたな…」という見た目になっています。

ブルドッグと混ぜたという推測が当たっていたとして、雑種だから健康度はマシなのか、それともブルドッグの欠点を引き継いているのかわからないですが、一般的にいって、「外見や愛玩に執着した繁殖をしていると、いずれは心身の健康度が低い犬が増えてくる」ということは言えると思います。
馬のサラブレッドも品種が固定されるプロセスでは強烈なインブリードを繰り返したようですが、レースの成績を上げるという目的に沿って、情け容赦無い淘汰が200年前から継続されているので、元来は血が濃いはずであるのに、心身は案外丈夫なようです。
その意味では愛玩用の純血種も繁殖にあたっては基準を設けてスクリーニングすれば、今日のような遺伝病多発といった事態にはならないはずですが、大金を目の前にした人間はそういったマトモな振る舞いをすることが出来ないわけです。
犬の問題ではなく、人間の問題ですね。
グレイハウンドにおいてはカネのために大量に繁殖して大量に殺す。それによってあくまでも結果的にグレイハウンドは素晴らしい能力と健康を保っています。
愛玩種においてはカネのために大量に繁殖してそのまま売る。それによって結果として遺伝病多発。ただし、人間様からは家族のように愛される。
「バランスの良い考え方、行動」は、学校・マスコミ・良識のなかでは気軽に教えられることですが、多分にタテマエであって、そういった行動は人間が最も苦手とすることのようです。
人間社会における、人間の人間に対する態度も同じかもしれません。