空想に根ざす立論ばかりするのが左翼

内田樹が典型的にそうですが、左翼は他人の考えを勝手に推測して、そこに立脚して論を展開します。
自分の空想・妄想を根拠にして他人や社会を非難する方法です。
落ちついて考えてみると、これは奇妙奇天烈な論議のしかたなのですが、ふだん私たちは、「論のたて方」などに注意を払ったりはしませんから、なんとなく看過してしまいます。
私たちのそのような不注意に、左翼は日常的につけこんでプロパガンダしています。

フレは95〜98年から、と考えるのが普通

左翼を自称するだけフェアではありますが、ここのブログ主さんが又もや間違った論難をリフレーション政策にたいしてぶつけています。
アベノミクス本を読む5 『日本の景気は賃金が決める』 - 紙屋研究所

吉本は、「アベノミクス修正派」とでもいえるでしょうか。
 原因分析は、ぼくらサヨクにとても近い。
 タイトルから察せられるように、賃金デフレ、なかでも中小零細、女性、若者、非正規などの賃金格差が日本の長期不況の「根本原因のひとつ」(吉本p.12)だというんですから。

サヨクに近い」というか、賃金デフレ論は日本共産党が主張しているのですから、左翼そのもの、左翼の本丸ですね。
賃金デフレ論の問題点は、「では賃金が下がった理由は何ですか?」と質問されると答えられないというところにあります。

この名目GDPは、経済の調子がよほど悪くないかぎり、どの国でも右肩上がりで増えるものです。(吉本p.34)

吉本のこのフレーズを肯定的に引用なさっているのですが、私はこれは同語反復ではないのか、という気がします。
生産と支出はイコールなのですから、「経済の調子が良い」=支出が多い、なら総生産も必ず伸びます。
吉本のこのフレーズを肯定的に扱っている意味がよくわかりません。

これを基準にすると、吉本は1998年からが日本のデフレの始まりだとしています。岩田規久男なんかは、賃金問題とデフレを切り離したがりますから、98年がデフレのはじまりだとすると都合が悪くなるのでこの起点を認めないでしょうね。

この記述が大きく問題ですね。
岩田副総裁によるデフレ関係の著作をなんでも良いので本屋さんや図書館で開いてみればわかりますが、GDPデフレーターでは95年から、コアコアCPIでは98年からデフレになり、特に98年以降はどの物価指数でみてもデフレになった、ということが明記されています。
たとえば「デフレと超円高」のP149〜152をご参照ください。

デフレと超円高 (講談社現代新書)

デフレと超円高 (講談社現代新書)

1998年をデフレの始まりだとしても、都合の悪くなることなどありませんし、これは事実認定の問題なのですから、認めるもなにもありません。
単なる事実であっても、「認めるかどうか」で事実性すら左右できるという発想が非常に左翼的です。
ある事実が自分たちの思想に合致しないと、事実の存在そのものを見ようとしない、否定するという心性が左翼には顕著に観察できます。
また、岩田副総裁は「賃金の低下はデフレが原因である」と述べておられますから、賃金とデフレを切り離したがっているなどという事実はありません。
このようなウソをこのブログ主が書くのは、岩田副総裁の主張が日本共産党の主張と逆であり、しかも岩田副総裁へ反論することが出来ないゆえでしょう。

GDPと実質GDP

(名目GDPと実質GDPについての吉本の説明に関して)こういう経済の知識の基礎を、「わかっているもの」にせず、ちゃんと書いてくれているアベノミクス本はそんなにありません。っていうか、ほとんどありません。っていうか全然ありません。

いや、それはこのブログ主さんがちゃんと読んで来なかっただけで、リフレ派学者は学者なのですから、その程度の基礎知識は説明しています。
これまた、何でもいいので関連本を立ち読みでもすれば記載されています。
自分の主観を社会全体に一般化する、のも左翼に特徴的です。

しかも実はこの一文のあとに、名目GDPと実質GDPの話は、専門家でもどっちを使ってどう経済を読むのかは複雑な論争があるんですよ、と一言書いています。ざっくりした定義では、必ずよせられるであろう反論や疑問をかわして、「そういうことは今は気にしなくていいよ」と言ってくれているのです。なかなかいい配慮ですね。

こらこら、と言いたくなりますね、このくだり。
これは吉本の詐術ですよ。
名目GDPと実質GDPのどちらを優先するか複雑な論争があるのかもしれませんが、デフレ下では名目GDPを重視するに決まっているではありませんか。
物価が影響しているのは名目GDPだ、ということをつい先程の吉本の説明を絶賛するなかで理解された筈なのに、名目GDPがデフレ下でより重要かどうかわからない、というのは論理的におかしいです。

2000年代の賃金抑制

2000年代に景気回復期があったのに、賃金抑制につながった、という話がグラフ付で展開されているのですが、ここもまた巧妙な誤魔化しが使われています。
そのくだりまでは「デフレが問題」であったはずなのに、「不況か、景気回復期なのか」という問題にすりかえられています。
景気回復期でも賃金が上がらなかったのは、デフレから脱却できなかったからです。
また、経済がそれほど良くなくても、以前よりも回復していれば「景気回復期」なのですから、「好況」と同じように語ってはいけません。

 賃金上昇と賃金格差縮小は、いまの日本の景気回復にはどうしても必要な条件です。そもそも、賃金が伸びないなら、安定的な物価上昇も続きにくい。筆者はそう考えます。

この吉本の文章も、気味が悪くなるくらいに詐術のための思考がめぐらされています。
最初の一文は間違っており、次の一文には正しい内容が書かれています。
賃金上昇が景気回復の条件であるならば、賃金上昇の条件は何でしょう?
これは私のこのエントリの最初であげた質問と同じなのですが、吉本は賃金上昇の条件を明示していません。
実際にはこれは話が逆で、景気回復の結果、賃金は上昇します。当たり前といえば当たり前です。
景気回復のためのリフレーション政策が実施され、名目GDPが伸びるから、賃金の上昇が起こる条件が整うのです。
現実に賃金が上昇するかどうかは個々の企業や個人の状況しだいですから、「確実に皆の賃金を上昇させる政策」など自由経済においては存在しません。
そんなことを政策的に強要したら、共産主義社会主義になってしまいます。
名目GDPが私たちの賃金の原資だ、ということを知っておかないと、吉本や共産党的詐術にだまされます。

一般の労働者の賃上げも大事なんですけど、ぼくは吉本のいうように、どちらかといえば、急がれるのはこうした「サービス業で働く中小零細の・女性の・非正規の・若者の労働者」のような人たちの賃金の底上げなんじゃないかなと思います。

この点については、それこそ労組が仕事しろよ、という話です。
賃上げ要求はリフレーション政策とは矛盾しないので、頑張って行えばよいでしょう。
ただ、当然のことながらデフレでは賃上げ要求は通りにくいです。
企業の利益が減り、生産も減らされるのですから、賃金を上げる動機がなくなってしまいます。
賃金を上げる動機を失った企業に、どのような手段でか賃金を上げさせるとデフレが終わる、という奇妙な理屈を主張するのが日本共産党なのですが、具体的にどうするのか示してほしいものであります。