貨幣を減価せよ

インフレ待望論の「危険な罠」

引用文を読む前にご経歴を確認しておきましょう。立派です

佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に、「弱い日本の強い円」など。

現在日本で行われているデフレ対策は、端的に言えば、日本銀行の積極的な金融緩和によって市場に資金を大量供給し貨幣価値を低下させることでインフレを引き起こすというものだ。

行われておりません。

そのような方法では、狙い通りインフレになったところで、資産家ばかりが喜ぶだけの結果にならないだろうか。

なりません。インフレはお金を借りる人に有利です。
100円借りたとして、1年後に返してもらった100円で買うことができるモノが少なくなるのがインフレですから、貸した方に不利になります。
ただし実際にはインフレを織り込んで利子を取りますから必ず損するわけでもありません。
しかし、インフレが継続的にマイルドに進むということは借金の重みを軽減し続けることになります。
常識的に考えて、貸す方がお金持ちですか?借りる方がお金持ちですか?
お金を借りるのはお金が足りない人だと私は思います。
インフレ環境ではもともとお金を持っている人にとっては、自分のお金の「使いで」が減るので嫌なことでしょう。
しかしリフレ派が唱道するインフレ率はたった2%ですから、よほどの大きなお金を動かす立場でも無い限り、一般市民には気になるインフレ率ではありません。
たとえば1年200万円の生活費が翌年に204万円になったとして苦しいでしょうか。生活費が一ヶ月3000円、一日あたり100円増えるだけです。
その代わりに好景気が訪れ、雇用が増え、働き手が足りなくなれば給料も上がります。

インフレを大別した場合の、もう一つのタイプ、貨幣要因によるインフレは、貨幣価値が下がることによって起こるインフレである。実は日本の現行政策は、この種のインフレを発生させようとしているから問題なのである。この要因によるインフレは同じインフレでも好ましいものとはいえない。

繰り返しますが、貨幣価値を下げる政策を日銀は行なっていません。事実に反する前提で話を進めてはいけません。
好ましいインフレとそうでないインフレという区別も眉唾ですが…。インフレの程度やインフレが発生した時の経済状況が問題なのだろうと私は思いますが。
「好ましくないインフレ」なるものが実体的に存在するのでしょうか。その他の事情との関係を離れた「好ましくないインフレ」が。
「関係性」や「社会的文脈」を離れた「実体的」概念が声高に主張される場合、それは大概はいかがわしい詭弁ですね。この辺の洞察、お釈迦様はやはり偉大です。

貨幣価値は、極限まで低下しうる。貨幣の価値とは、それに対する人々の信認によって成り立っているからだ。極端なことを言えば、日銀の本支店に行くと札束が積んであり、これをいくらでもつかんで持っていって良いということになったら、誰も1万円札の価値を認めなくなるだろう。

それはそうでしょうが、そんなこと起こりえません。というか、日銀はそんなことやってしまう組織なのですか?

こうした状況(ハイパーインフレ状況)では、雇用は増えない。来客が増えて値段が上がるような状況ならば寿司屋は将来の儲けを見越して雇用を増やすだろうが、明日の価値の保証のない1万円札を持ってくる人がただ増えているだけでは(当然仕入れる米や魚の値段も上がるため)儲けが見込めず雇用を増やすインセンティブは働かないからだ。

この喩え話と雇用の問題は関係無いような気がします。
そもそもハイパーインフレは戦争後や独裁制のような特殊な社会環境で発生するものなので、日本のように平和で、曲りなりにも民主制で、働き手や設備が余っている状態では起こらないものです。
無理やり起こそうとするなら何百兆円必要になるのでしょうか。
今の日本で発行されているお金は140兆円ほどなので、100兆円ほど増やしてもインフレ率は+5〜6%程度のはずです。
ハイパーインフレとは13000%のものです。
2%程度のマイルドインフレで企業の売上高は上がりますから、既に雇われている人の給料を売上の増加分ほどには上げないようにすれば雇用は増えるでしょう。(足るを知るのは社会のために大事です。)
売上が増えて、もっと売りたくなり、生産を増やしたくなれば人手が必要になります。その時、人件費がそれほど増えていなければ新たに人を雇えます。

仮に今あなたが保有している虎の子の預金が100万円だったとしよう。そして、日銀や政府が本当にヘリコプターで1万円札を大量にばら撒いたことを想像して欲しい。

絶対に起こらないことを想定させないで下さい。

あなたが数年あるいは何十年も一生懸命働いて貯めた100万円と、たまたま1万円札がばら撒かれた場所にいた人が10分程度で拾いあげた100万円は同価値である。

日銀が金融緩和しても、それが直接私たちの給料になるわけではありません。ウソはやめましょう。

それほど簡単に100万円を拾えるようになったのなら、100万円の価値は暴落しよう。今なら100万円あれば家族4人で海外旅行も行けるだろうが、1万円札が大量にばら撒かれた後は、せっかく貯めた100万円でも、おそらく近場の温泉宿にも泊まれなくなっている。本当にそれが幸せな世界なのか。

円の価値がそこまで暴落していたら給料も暴騰します。そうしないと生活できないわけで。
しかし、そういったハイパーインフレ現代日本では起こり得ないのです。起こらないことを前提に話をすすめるのは詐話ですよ。

残念ながら、日銀にさらなる積極的な金融緩和を求める人々は、この種の貨幣価値の低下によってインフレを発生させることを求めているとしか思えない。

貨幣価値を下げることは別に「残念」なことではありません。
貨幣価値が上がる傾向が続くと人々はお金を使わなくなります。持っていた方が有利だから。そうなるとモノやサービスは売れなくなり、人々は職を失います。

金融緩和で貨幣価値を微妙に1―2%だけ下げること(つまり1―2%のインフレ)は、かなりの至難の業だ。

アメリカもEUも2%程度のインフレ率を実現しています。

大量の貨幣供給を目の当たりにして、人々の貨幣に対する価値観が群集心理で変わり始めたら、その変化は一度に大幅に発生してしまう可能性が高い。

そんなことは起こりません。アメリカでは貨幣量が3倍に増えましたが、大幅な変化は発生していませんし、むしろ起こらないのが問題なのです。マーケットマネタリストからは「まだ引き締め過ぎ」という声も有るくらいです。

また、インフレになれば給与が上昇し国民は幸せになれると説く人がいるが、名目の給与額がいくら増加しても、物価がそれ以上に上昇すれば、実質所得は低下し、労働者の購買力は低下、生活は今より貧しくなる。今どき、インフレ率以上に社員の給与を上げてくれる会社などそうそうないだろう。加えて、賃金上昇率はおそらく非正規雇用者の方が低く抑えられてしまうだろう。

給与の上昇は「雇える人が滅多にいない」というレベルの好景気にならないと起こらないです。
2%のインフレ率を続けても、そう簡単には給与の上昇は起こりません。
また、購買力の低下はむしろ現在のデフレ状況で起きています。それはデータが出ています。この引用文の筆者がしているような「想定」ではありません。
また、不適切なほどに物価が上昇する気配があるなら貨幣量を減らせば良いだけなので、それは日銀や政府の仕事です。悪性インフレになりかねないほど景気が良くなったなら、その時こそ増税なり金融引締めなりをやれば良いだけです。
そういった政策を実行する能力を、もちろん持ち合わせていますね?

インフレ下の方が、持てる者の富は増え、持たざる者の購買力は低下する。つまり、インフレ下の方が、貧富の格差は拡大するのである。保有金融資産に占める銀行預金の割合が多い人は、インフレになったら本当は自分が困るということは認識しておいた方が良いだろう。

マイルドインフレになると雇用が増えるのですから、社会全体でみた購買力は上がります。
既に雇われている人の給料は増えないかもしれませんし、年に2%ずつ給料の「使いで」が減るかもしれませんが、一日あたり100円の低下がそんなに問題でしょうか。
それよりも無職だった人が給料を貰えるようになることの方が社会全体の福利になると思うのですが、そのように全体の利益を考えることは間違っているのでしょうかね、人間として。
繰り返しになりますが、2%程度のインフレで打撃を感じるほど銀行預金が多い人を「お金持ち」というのです。

インフレは本来、構造改革や税制改革、規制緩和などで需要を喚起することによって発生させるべきものだ。

構造改革規制緩和って供給を増やしますよね。つまり、モノやサービスがもっと多く出まわることになるのですが、それでどうしてインフレになるの。
モノやサービスが買いやすくなるのにインフレになるのですか?
税制改革によって引き起こすインフレってなんでしょう。増税ですか?しかし増税で起こるインフレはコストが上がるインフレですから、需要を喚起しないように思うのですが。コストが上がると雇用にも悪影響があると思います。

金融政策による貨幣価値の低下を通じて、国民の預金の価値を目減りさせる(購買力を低下させる)ことで引き起こすべきものではない。

いや、起こすべきものです。貨幣価値の低下による不況脱却という政策は、世界恐慌時のアメリカ、昭和恐慌時の日本でも行われています。