ユーロ解体よりは連邦主義
- 銀行の資本増強を実施し、欧州中央銀行(ECB)が無制限の支援で支払い能力のある国々を支え、緊縮財政に対するドイツの執着を抑える必要がある
- たとえユーロ解体が完璧に行われたとしても、国内外の資産と債務が釣り合わなくなるため、大陸全土で銀行や企業が破綻する
- その後、デフォルト(債務不履行)と訴訟の連鎖が生じる
- 経済的に弱い国の通貨切り下げと強い国の通貨上昇は、富裕国の生産者に壊滅的な打撃を与える
- ECBは利下げして量的緩和を始めることができるし、実際そうすべき
- 国債利回りが高く、経済成長が乏しい状況が続く限り、国は債務返済能力を疑われ、銀行では融資が焦げ付いていく
- 政府が銀行破綻への対処を迫られるかもしれないという不安は国債のリスクを高め、政府が対処できないかもしれないという不安は銀行破綻の可能性を高める
- ドイツの銀行はスペインの不動産バブルを煽り、フランスの銀行はギリシャにお金を貸した
- 預金保険と監督体制についてユーロ圏全体を対象とする制度がなければならない。危機に陥った銀行の自己資本を増強するための共同の資金を持ち、本当に破綻した銀行の破綻処理について地域のルールがなければならない
- 統合は、通貨同盟が既に国境をすべて取り払った金融の世界に限られる
- ドイツ(公的債務はGDP比81%)からイタリア(同120%)に至るまですべての国が、自国の債務残高がGDP比60%という基準に減るまでユーロ共通債のみを発行する
- 残る疑問は、ドイツ人やオーストリア人、オランダ人が、費用を負担していいと思うほどイタリア人、スペイン人、ポルトガル人、アイルランド人との連帯感を覚えるかどうか、だ
アイデンティティの共有が非常に重要だというお話になりました。
しかしこれは非常に大きな、見方によっては最大の難問かもしれません。
日本のような同一性の高い民族でも、負担と受益の不公平性について大きな騒ぎが発生します。*1
気軽に「国家や民族を超えた連帯」を夢想すると大変な問題になるという良い例です。
普通の国は統一のために大きな犠牲を払ってきています。欧州の国々もそういった普通の国々だったわけですが、理念を性急に実行に移した結果、多くの人々がやはり被害を被る事態に陥っています。
誰も損害を被らずに、誰もが幸福に、豊かに国家や民族を超越するという挑戦は夢に過ぎなかったということになります。残念なことですが現実です。
どこまで歴史が進んでも人間のエゴがなくなるわけではないので、その調整には犠牲が付き物なのだろうと思います。